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思い直してください 2015.9.30

 半年ぐらい前にフランソワ・トリュフォー監督の「華氏451」という映画を見ました。ナチスドイツによる焚書をモチーフにした映画です。ある市民が所有する書物に対して当局からの検閲を受け焚書に指定されることになり、それらに火をつけられてしまいますが、彼女は諦めることができず、焚書とともに身を火に投じます。つまり書物がその人を育て自身の血肉となって生きてきた証しとなっているのです。だから書物が燃えるということは彼女にとって死を意味することになるのです。 

 今の時点ではあなたを育ててきたそれらの書物が、あなたの判断で今後は最早役立たないと予想される状況にあるとしても、事実として、あるいはあなたの歴史を顧みたときに、それらは最早あなたの分身となっていることを否定できない極めて大切なものとなっているはずです。例えば株なんかには何かの記憶=歴史が存在するはずもなく、したがって売り払って手放しても、また適切な時に買い戻してそれが利益をもたらしあなたの経済を再び潤わせることは十分可能かと思いますが、あなたの本はあなたの歴史そのものです、つまりあなたの本はあなたにとってのこれまで生きてきた時間そのものです。時間は取り戻すことはできません。かけがえのない貴重なものです。 

 私は一番大切なものは時間だと思います。何故なら人はやがて自身の意志に関わらず死ぬからです。だから生きるということは限りがあります。限りがあるからこそ時間を無駄にすることはできないのです。時間は可逆性がないからこそ貴重なのです。 

 私も事あるごとに例えば30年前くらいに読んだ本の一節を思い出して、もう一度その本を手にしてどう書かれていたかを確認することはしょっちゅうありますよ。それどころか再読して新たに発見することは然りです。最近ですとカフカを再読しました。クンデラもよく読み直します。 

 あなたは経済小説をやったらどうでしょうか。例えば池井戸みたいなのが世間では読まれているわけだから、城山三郎のように?リアルに経済問題を追求するような方法でやれば玄人受けしてもてはやされると思います。ジャン・ティロールのインテリジェンスをアレンジして、経済サスペンス小説のようなものを考えられるのも一つではないかと思います。