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最近思うこと 2016.2.11

 先ごろの株高は、冷静な経済アナリストによると、株の時価総額でみた場合、実質的には90年代前後のバブル期やリーマンショック前のITバブル時代のそれとほぼ同レヴェルの域に達していると警鐘を発していました。つまり昨今の株高は明らかに過剰であり、かつてのように株価暴落が反復されるであろうということでした。
 素人目で見れば、この10年間くらいの株価の推移は、ザックリ考えると、上が20,000円、下が8,000円で、この間、物価上昇はゼロとみなしてもそれ程差し支えはないかと思います。であれば日経平均株価の実力値はその間をとって14,000円ではないかと私は思います。昨日現在も株価が下降しておりますが、それでもまだ幾分日本経済、日本社会に対する信用は高い状況が続いているように思います。実際、今日も海外では円高が進行しました。
 円安による自動車などの輸出産業が活況を呈していること、中国人の日本における大量消費(爆買い)、東京オリンピック開催によるインフラ整備等に関わる経済効果への期待感の高まり以外に、これといって日本経済の先行きの見通しに明るさを感じられるものはないのではないでしょうか。しかもトリクルダウン方式であるという指摘が真実であれば、マルクスではありませんがそうした利益を一部の権益を握るものが殆ど総取りして、下部構造にあるサラリーパーソンは得られても僅かに過ぎないということになっているのではないでしょうか。
 このように経済への明るさを人々は抱くことが出来ないので内部需要は依然として停滞しています。ユニクロでさえも昨年は減益が顕著であったとのことでした。日本マクドナルドに至っては日本からの撤退もありうるということですが、CEOがアメリカ人なのでそれは十分に考えられると思います。低価格商品でさえも売れ行きが伸びない。では高いものが売れているのか。私は売れていないと思います。売れているものもあるにはあります。例えば東京都心のマンションなどは販売好調といいます。実際前年比に比べて物件価格がじわりと上昇しています。一部の人たち(トマ・ピケティが論を展開する時にしばしば使うコーホート(cohort)の概念を日本にも当てはめて考えると、私の考えでは全体の1%以下の人たち)はアグレッシヴまたは比較的にアグレッシヴに消費していると思います。こういう人たちをマスコミが取り上げて報道すると、それを見た人は簡単にこれが一般的なトレンドなのだと感化されてしまうのです。テレビ東京WBSを見ているとそんな思いがします。大江真理子はいいキャスターなんだけど。
 何故売れないのか、新しいテクノロジー開発(例えば固定電話→携帯電話→スマートフォン)のような人々のニーズに応えるものが目ぼしいということもありますが、主として人口減少社会による消費の新たな創出が見込みにくいという影響から来るものと思います。この相互に関連する事態、つまりモノが売れないということと人口減少問題は憂慮すべき事態だと思います。
 時の政府は経済政策からはアベノミクス社会政策からは、例えば男性が休暇をとって夫婦で共に育児を行うというスローガンのもとに、一億総活躍社会の実現による日本再生を進めようとして事態の打開に動いていますが、甘利元大臣や宮崎謙介議員のような自民党の議員が場外でスキャンダルを起こしているようでは、国民の政治家に対する信頼が生まれず、私たちのマインドは沈んだままとなるでしょう。残念ながらこのスパイラルは私の見立てではこれは当面変わらない。私は日本の現状はそれでもまだいい状況にあると思います。さらに悪くなっても不思議ではないと思います。行き着く先の最悪の事態は戦争です。日本は平和国家だから大丈夫というのは幻想です。政府は現に9条を変えようとしています。
 歴史を紐解いた時に、ウォーラーステインによると、社会が安定した状態はいつまでも続かず、行き詰まったときに戦争が起こりparadigm転換したといいます。つまり近代社会が中世の神学思考の世界からガリレオやコペルニクスらの自然科学の発達により合理主義へと啓蒙されて以来、君主国や帝国が崩壊していき、変わって合理性を追求する科学的根拠に裏付けのない特権に拘束されない自由主義が台頭したというのです。具体的には世界の覇権国家が近代においてオランダ→イギリス→アメリカというように変遷しました。近代が「世界」=「経済」として規定付けられるとともに、商人資本→産業資本→多国籍資本というように資本が推移していきました。つまりそれぞれのステージにおいてこれ以上拡張していく行き場を資本が見いだせない時に、すなわち臨界点に達した時に構造転換が起こらざるを得なくなるということです。その時にコンフリクトが生ずる。それが戦争です。戦争を回避する場合は植民地政策、奴隷制度に形を変えます。イギリス、フランスなどは前者でアメリカは後者です。戦争を回避できなかったのがドイツ、日本になります。
 16世紀にイギリス海軍がスペインの無敵艦隊を駆逐したことから、「世界」=「帝国」による人民支配に大きな陰りを見せることになります。変わってオランダが地政学上ヨーロッパの中心に位置しており、また海や川などの水路が豊かで交易するのに適しているという観点もあって、経済の中心地になり繁栄しました。「世界」=「経済」の黎明期です。18世紀においては産業革命がイギリスで最初に始まり重工業が発展しました。このことが軍事産業と結びつき、インドなどを威嚇して東インド会社をオランダの規模を遥かに凌ぐ規模で設立して本国にやはり多大な利益をもたらしたのです。
 ドイツは近代化に遅れて世界に名乗りを上げることが出来ませんでした。18~19世紀のことです。このためドイツは国民が貧窮した。その後目覚ましい重工業化を達成して強大な軍事力を身につけて、資本を外部に求めた。この時に戦争を起こすのです。第1次世界大戦がそれです。次の大戦も一次大戦からのいち早い復興を遂げるとともに、ヒトラーナチスが資本をさらに外部に求めた結果なのです。いわゆる西部戦線、東部戦線がそれでした。
 日本もドイツと状況が似ていたと思います。鎖国によって近代化に乗り遅れた。アメリカ、ロシアに通商条約締結などを求められ外部からの圧力に耐えきれなくなった。例えそれに抵抗したとしても軍事力で圧倒されるのは明白でした。明治になって近代化を進めるため日本はイギリスなどの欧米に範を求めました。森鴎外のドイツ渡航、夏目漱石の英国留学もその一環です。殖産興業に代表されるように急激に産業が発展した日本もそれだけでは満足できず、外部への拡張を目指しました。その結果日清戦争、日露戦が起こり、韓国併合、台湾支配、琉球処分が行われました。
 しかし、ドイツ、日本はイタリアとともに世界において再び帝国支配を復活させるもので、自由主義国アメリカ、イギリスなどがソ連との連携のもとに第2次世界大戦の激戦を制しその野望を打ち砕きます。アメリカとソ連の冷戦を経て1990年からはアメリカ1国が世界のヘゲモニーを握ることになりましたが、フランシス・フクヤマが予想したような安定した社会は訪れることはなく、イラクアフガニスタンなどで戦争、紛争が起こり中東をはじめ今もそれは絶えません。
 歴史が物語っているのは、経済と戦争が密接に結びついているということです。人は利益を求めて常に外部へと食指を伸ばしていくというマインドが働くからです。21世紀になって宇宙以外に外部が無くなったとも私には思えます。であれば、もう経済成長は特に日本のような先進国では本質的に望みにくいのです。
 昨年テレビ朝日報道ステーションのコメンテーターであった古賀茂明氏が言うように、質素でもいい、自身の信念に従ってこれからも妻とともに歩んで行きたい、という趣旨の発言は私には極めて全うに思います。